なぜ猫は干支にいないのか?切ない伝説と世界の“猫年”の話

ペット

猫を飼っている人なら、一度は思ったことがあるはずです。
なぜイノシシやヒツジはいるのに、猫がいないの?」と。

世界中でたくさんの人に愛され、日本でも犬と並ぶペットの王様なのに、12年に一度の干支の席すら与えられていない…
その理由を探ると、ちょっと切ない伝説と、意外な国際事情が見えてきます。

※本記事で紹介している内容には諸説あります。あらかじめご了承ください。

ネズミに嘘をつかれた、という話

まず知っておきたいのが「十二支」という言葉です。年賀状でおなじみの「ネ・ウシ・トラ……」の12種類は正確には「十二支」といい、古代中国の殷の時代に生まれた暦の記号が起源。
もともとは天文や方角を表すものでしたが、一般民衆に覚えやすくするために動物が割り当てられていきました。

では、なぜ猫だけ漏れたのか?最も有名な伝説はこうです。
神様が動物たちに「1月1日の早い者順に12席を干支にする」と告げました。猫はネズミに「集合はいつ?」と確認したところ、「1月2日だよ」と1日遅い日を教えられてしまいます
信じた猫がのんびり構えている間に、ネズミはウシの背中にこっそり乗って会場に乗り込み、ゴール直前に飛び降りて1番を獲得。猫が到着したときには12席はすでに埋まっていました。

なぜネズミは嘘をついたのか。ウシの背中作戦を成功させるため、頭のいい猫に邪魔されたくなかったのです。「猫がネズミを追いかける」のはこの恨みからだという話も伝わっています。
この伝承は「日本民俗大辞典」(吉川弘文館・1999年)にも記録されており、単なる作り話ではなく民俗学的に記録された話です。

「そもそも猫がいなかった」という説も?

伝説とは別の説もあります。十二支が形成された古代中国に、猫がまだ普及していなかった可能性があるというものです。
猫はもともと中東・アフリカ起源の動物で、古代エジプトで飼われた後、じわじわと東へ広まっていきました。十二支が作られた時代には中国にまだ届いていなかったため、候補にすら上がらなかったという考え方です。

ただしこの説は注意が必要で、「当時の中国にも猫はいた」とする見解もあり、学術的な結論は出ていません。「伝説」と「歴史的背景」、どちらが本当なのか、実のところ今も謎のままなのです。

「猫年」がある国もある

ここで少し、溜飲が下がる話を。
「猫に干支がない」というのは、日本や中国の話。実は世界に目を向けると、猫が“干支の一員”として迎えられている地域も少なくありません

たとえばベトナムやチベットでは、4番目の「卯(ウサギ)」の代わりに「猫」が入っています。
またタイやネパールのグルン族の暦でも同様に猫年が存在しており、さらにベラルーシやブルガリアなどの東欧の一部でも猫が干支に含まれることがあるのだとか。

なぜこうした違いが生まれたのか?その背景には、言葉や文化の“ズレ”があります。
たとえばベトナムでは、中国から干支が伝わる過程で「卯(mǎo/マオ)を示す音が現地の言葉で「猫(mèo/メオ)」を意味する言葉と似ていたことから、猫に置き換わったといわれています。
また、その土地でより身近な動物が選ばれたという見方もあります。ウサギよりも、ネズミを捕る猫の方が生活に密着していた地域では、自然と猫が選ばれていったのかもしれません。

日本や中国では干支に入れてもらえなかった猫が、別の国ではしっかりと12支の一員として迎えられている——なんだか猫らしい、気まぐれで自由なエピソードですね。

結局、猫は干支よりも自由だった

伝説ではネズミに騙され、歴史的にも候補にすら上がれなかったかもしれない猫。ずいぶんと不遇な扱いに思えますが、よく考えるとこれほど猫らしい話もありません。
12年に一度しか出番のない干支の動物たちが粛々と順番を守る中、猫は毎日、気が向いたときだけそばに来て、気が向いたときに去っていく。スケジュールも、席順も、神様のルールも、まるで関係ない。

そもそも「早起きして神様のところに行く」こと自体、猫に向いていないのです。
でも、猫を必要だと思った国は、ちゃんと迎え入れました。ベトナムもチベットも「うちの干支には猫がいる」と決めた。神様のルールより、自分たちの暮らしを優先した結果です。猫はそうやって、ルールの外から自分の居場所を見つけてきた動物なのかもしれません。

唯一の心残りはネズミへの恨みだけ。でもそれすら、気まぐれに思い出す程度かもしれません。


もふもふ新聞より

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