~仲良くしたいけど、テンションが違いすぎる件~
編集長のニャロウである。
この世界には、猫の国のほかに「犬の国」なるものが存在する。
文化は違えど、共に人間と暮らす仲間である。
しかしながら、吾輩は最近思うのだ。
ーー犬と猫、仲良くしたいのに、テンションが違いすぎるのではないか?
犬社会の外交:初対面でも”全力の歓迎”
犬の国を取材した際、吾輩は驚いた。
初対面にもかかわらず、
「やぁ!君は誰!?遊ぶ!?ねぇ遊ぶ!?」
と秒速で距離を詰められたのだ。
尻尾を激しく振り、鼻を近づけ、
身体全体で”友好の意”を表していた。
…..悪気がないのはわかっている。
だが、吾輩のパーソナルスペースは、
もう少し静かであってほしい。
猫社会の外交:まず静かに”観察”から
一方猫の国では、外交の作法はこうだ。
1.まず相手を遠くから静かに観察する
2.その視線に気づいたら少しだけ近づく
3.匂いを確認
4.問題なければ同じ空間に”そっと居る”
ーー以上である。
別に話さなくても、触れなくても成立する。
“並んでいるだけで仲間”という文化なのだ。
犬からすれば物足りないかもしれない。
だが猫からすれば、犬の距離の詰め方はあまりにも情熱的である。
外交問題の本質:どっちも悪くないのだ
犬は悪くない。感情に素直なのだ。
猫も悪くない。慎重で繊細なのだ。
だが文化の違いがトラブルを生む。
犬は「遊ぼう!」と思って近づくのに、
猫は「命の危険…?」と思って逃げる。
このすれ違いこそ
犬猫外交問題の根っこである。
猫の国からの提案:「ミドルテンション外交」
そこで吾輩は提案する。
“ミドルテンション外交”を導入すべし。
犬は近づきすぎず、まず座って待つ。
猫は逃げずに、ちょっとだけ匂いを確認する。
お互いが半歩ずつ歩み寄れば、
不思議なことに穏やかな空気が生まれる。
これは人間社会にも通用する。
価値観が違う相手とは、
テンションの歩幅を合わせることが平和の鍵なのだ。
編集長のまとめ
「違うから面白い。違うから学べる。」
犬と猫は性格も文化も違う。
だが、その違いを尊重し合えたとき、
そこに本当の友情が生まれる。
今日も吾輩は、犬の記者ワン太郎と会議をする予定だ。
彼は勢いよく飛びついてくるが、
最近は椅子に座って待つことを覚えた。
ーー外交とは、学びと成長の連続なのである。
次回予告
「『撫で方』について考える」
~猫が喜ぶ手つき・嫌がる手つき~

